中尊寺金色堂の塗り絵
中尊寺金色堂の特徴
平泉にある、金色のお堂
中尊寺は、岩手県の平泉町にあるお寺だよ。
その中にある金色堂は、お堂の外も中も、金ぱくでおおわれた、金色にかがやくお堂なんだ。
1124年に、平泉をおさめていた藤原清衡が建てたことがわかっているよ。
金色堂の中には、清衡たち奥州藤原氏の4代の人たちがねむっているんだ。
2011年には、「平泉」として、東北地方ではじめての世界遺産にえらばれたよ。
お堂を守る、お堂
金色堂は、雨や風からいたまないように、覆堂という別の建物の中に、すっぽり入っているんだ。
1枚目の塗り絵は、むかし金色堂をおおっていた旧覆堂だよ。
いまの覆堂ができたときに、となりへうつされて、いまも見ることができるんだ。
太い柱や、四方へ下がる大きな屋根をさがしてみよう。
杉の木にかこまれた覆堂
2枚目は、いまの覆堂と、そこへのぼる石段だよ。
まわりには、高い杉の木が何本も立っていて、静かな森の中にあるんだ。
金色堂は、この建物の中で、ガラスのケースに守られているよ。
金色堂の中の仏さま
3枚目は、金色堂の中の須弥壇という台と、その上にならぶ仏さまだよ。
まん中にすわっているのが阿弥陀さまで、まわりに立つ仏さまや、守り神がならんでいるね。
柱には、まるい花のもようがならび、台の横にはくじゃくのかざりがあるよ。
むかしの人が考えた、極楽浄土のすがたをあらわしているといわれているんだ。
月見坂をのぼって金色堂へ
中尊寺の入り口から金色堂までは、月見坂という長い坂道がつづいているよ。
坂道の両がわには、何百年も生きている大きな杉の木がならんでいるんだ。
坂をのぼりきると、本堂や、たくさんの小さなお堂があり、いちばん奥に金色堂の覆堂があるよ。
平泉には、中尊寺のほかにも、毛越寺の庭園など、世界遺産になっている場所があるんだ。
平泉の人たちは、争いのない、おだやかな世の中を願って、お寺や庭を作ったといわれているよ。
秋には、月見坂の紅葉もきれいなんだ。
中尊寺金色堂の色を塗るコツ
金色は、黄色と黄土色で
金色堂の金は、黄色をうすくぬってから、ふちやかげに黄土色やオレンジを重ねると、金色に見えてくるよ。
光が当たるところは、紙の白を少し残すと、ぴかっと光って見えるんだ。
金色のペンやクレヨンがあれば、3枚目の仏さまや柱に使ってみよう。
覆堂は、木の色と白いかべ
1枚目の旧覆堂は、古い木のこげ茶や灰色がかった茶色でぬってみよう。
2枚目の覆堂は、かべを白っぽく、屋根を灰色にすると、本物に近くなるよ。
石段は灰色、まわりの芝生は黄緑でぬろう。
杉の森は、こい緑で
2枚目の杉の葉は、こい緑を中心に、ところどころ黄緑を入れると、光がさしこむ森になるよ。
杉の幹は、赤茶でたてにすじを入れると、杉らしくなるね。
3枚目のくじゃくのかざりは、青や緑で羽をぬると、金色の中で目立つよ。
平等院鳳凰堂の塗り絵とならべて、同じころのお堂をくらべてみよう。
仏さまの顔は、やさしい色で
3枚目の仏さまの顔や手は、うすい黄色やクリーム色でぬってみよう。
光の輪は、外がわに向かって黄色からオレンジへ変えると、光っているように見えるよ。
守り神は、赤や青など強い色にすると、仏さまとのちがいがはっきりするね。
柱の花のもようは、赤や緑、青をまぜてぬると、はなやかになるよ。
中尊寺金色堂の豆知識
マルコ・ポーロの「黄金の国」
むかし、イタリアのマルコ・ポーロという人が書いた本に、日本は黄金の国ジパングとして紹介されているよ。
平泉では金がたくさんとれたので、金色堂のような建物が生まれたんだ。
この話が、黄金の国のイメージのもとになったともいわれているよ。
松尾芭蕉もおとずれた
江戸時代の俳人、松尾芭蕉も、「おくのほそ道」の旅で平泉をおとずれたよ。
金色堂を見て、「五月雨の 降り残してや 光堂」という句をよんだんだ。
雨が何百年もふっても、金色堂だけはふりのこしたように光っている、という意味なんだよ。
金ぱくでおおわれたお堂
金色堂は、木で作ったお堂の表面に、うすくのばした金ぱくをはりつけているよ。
さらに、螺鈿という、貝がらをうすくけずったかざりもちりばめられているんだ。
貝がらのかざりは、光が当たると、虹のような色にかがやくよ。
むかしの職人さんたちの、すばらしい技術が集まったお堂なんだね。
平泉にある宝物館では、中尊寺に伝わる宝物を見ることもできるよ。
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中尊寺の旧覆堂
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金色堂の覆堂と石段
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金色堂の中の仏さま
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