名古屋城の塗り絵

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名古屋城の特徴(とくちょう)

屋根(やね)の上(うえ)に金(かね)のしゃちほこ!名古屋城(なごやじょう)

愛知県名古屋市(あいちけんなごやし)にある名古屋城(なごやじょう)は、金(かね)のしゃちほこで有名(ゆうめい)なお城(しろ)だよ。いちばん上(うえ)の屋根(やね)の両(りょう)はしに、金色(きんいろ)にかがやく2体(からだ)のしゃちほこがのっているんだ。しゃちほこは、頭(あたま)が虎(とら)で体(からだ)が魚(さかな)という空想(くうそう)の生(い)きもので、火事(かじ)から建物(たてもの)を守(まも)ってくれると信(しん)じられていたんだよ。この金(かね)のしゃちほこがあまりにも有名(ゆうめい)なので、名古屋城(なごやじょう)は金鯱城(きんしゃちじょう)とも呼(よ)ばれているんだ。

徳川家康(とくがわいえやす)が命(めい)じてつくらせたお城(しろ)

名古屋城(なごやじょう)を建(た)てさせたのは、江戸幕府(えどばくふ)をひらいた徳川家康(とくがわいえやす)なんだ。慶長(けいちょう)14年(ねん)に、9番目(ばんめ)の子(こ)である義直(よしなお)のためにこの場所(ばしょ)へお城(しろ)を築(きず)くと決(き)めたんだよ。それまで尾張(おわり)の中心(ちゅうしん)だった清須(きよす)の町(まち)ごと、名古屋(なごや)にひっこしさせたんだ。この大(おお)がかりなひっこしは「清須(きよす)越(ご)し」と呼(よ)ばれているよ。

全国(ぜんこく)の大名(だいみょう)が集(あつ)められた「天下普請(てんかふしん)」

このお城(しろ)は、家康(いえやす)が全国(ぜんこく)の大名(だいみょう)たちに命(めい)じてつくらせた天下普請(てんかふしん)という方法(ほうほう)で建(た)てられたんだ。とくにむずかしい天守台(てんしゅだい)の石垣(いしがき)は、石垣(いしがき)づくりの名人(めいじん)といわれた加藤清正(かとうきよまさ)が受(う)け持(も)ったんだよ。だから名古屋城(なごやじょう)の石垣(いしがき)は、今(いま)でも高(たか)くまっすぐに積(つ)まれていて、とても見(み)ごたえがあるんだ。

屋根(やね)が5段(だん)。18階(かい)建(た)てのビルと同(おな)じ高さ

大天守(だいてんまもる)は外(そと)から見(み)ると屋根(やね)が5段(だん)かさなっているよ。中(なか)は5階(かい)と地下(ちか)1階(かい)に分(わ)かれているんだ。石垣(いしがき)の高さが約(やく)19メートル、建物(たてもの)が約(やく)36メートルで、合(あ)わせると55メートルをこえるんだ。これは18階(かい)建(た)てのビルとおなじくらいの高さだよ。

白(しろ)い壁(かべ)と、緑色(みどりいろ)の屋根(やね)

名古屋城(なごやじょう)の壁(かべ)は白(しろ)い漆喰(しっくい)でぬられていて、屋根(やね)は青(あお)みがかった緑色(みどりいろ)をしているよ。この緑色(みどりいろ)は、屋根(やね)にかぶせた銅(どう)の板(いた)が長(なが)い年月(としつき)をかけてさびてできた色(いろ)なんだ。もとは10円玉(えんたま)のような茶色(ちゃいろ)だったのが、少(すこ)しずつ今(いま)の色(いろ)に変(か)わっていったんだよ。

戦争(せんそう)で焼(や)けて、みんなの寄付(きふ)で建(た)て直(なお)された

名古屋城(なごやじょう)は昭和(しょうわ)20年(ねん)の名古屋大空襲(なごやだいくうしゅう)で、天守(てんしゅ)も本丸御殿(ほんまるごてん)も焼(や)けてしまったんだ。でも名古屋(なごや)の商店街(しょうてんがい)の人(ひと)たちががんばり、全国(ぜんこく)からも寄付(きふ)が集まって、昭和(しょうわ)34年(ねん)に鉄筋(てっきん)コンクリートで建(た)て直(なお)されたんだよ。今(いま)わたしたちが見ている天守(てんしゅ)は、このときによみがえった姿(すがた)なんだ。

日本三名城(にっぽんさんめいじょう)のひとつ

名古屋城(なごやじょう)は、大阪城(おおさかじょう)・熊本城(くまもとじょう)とならんで日本三名城(にっぽんさんめいじょう)のひとつに数(かぞ)えられているよ。「尾張名古屋(おわりなごや)は城(しろ)でもつ」ということばがあるくらい、昔(むかし)から名古屋(なごや)の人(ひと)たちにとって自慢(じまん)のお城(しろ)なんだ。

名古屋城の色(いろ)を塗(ぬ)るコツ

屋根(やね)は青(あお)みどり、壁(かべ)は白(しろ)いまま

名古屋城(なごやじょう)でいちばん大事(だいじ)なのは、屋根(やね)と壁(かべ)の色(いろ)の差(さ)だよ。屋根(やね)は青(あお)みがかった緑(みどり)、壁(かべ)は白(しろ)いまま塗(ぬ)らずに残(のこ)すのがおすすめだよ。壁(かべ)を白(しろ)く残(のこ)すと、緑(みどり)の屋根(やね)がくっきり浮(う)かび上(あ)がって、写真(しゃしん)で見た名古屋城(なごやじょう)らしくなるんだ。

しゃちほこは金色(きんいろ)に。ここだけ強(つよ)く

いちばん上(うえ)の屋根(やね)にいる2体(からだ)のしゃちほこは金色(きんいろ)だよ。黄色(きいろ)をぬったあと、うろこの部分(ぶぶん)にオレンジや茶色(ちゃいろ)を重(かさ)ねると、金属(きんぞく)らしい光(ひか)り方(かた)になるんだ。絵(え)の中(なか)でここだけ色(いろ)を強(つよ)くすると、目(め)が自然(しぜん)にてっぺんへ向(む)かうよ。

屋根(やね)の緑(みどり)は、上(うえ)と下(した)で少(すこ)し変える

5段(だん)ある屋根(やね)を全部(ぜんぶ)おなじ緑(みどり)でぬると、平(ひら)べったく見えてしまうんだ。上(うえ)の屋根(やね)を明(あか)るい緑(みどり)、下(した)の屋根(やね)を少(すこ)し暗(くら)い緑(みどり)にすると、段(だん)のかさなりが伝(つた)わって立体的(りったいてき)になるよ。

窓(まど)の中(なか)は黒(くろ)くしない

壁(かべ)にならんでいる窓(まど)は、写真(しゃしん)では暗く見えるところだよ。でも黒(くろ)でぬりつぶさないほうがいいんだ。うすい灰色(はいいろ)や水色(みずいろ)を軽(かる)くのせると、窓(まど)の奥(おく)に空間(くうかん)があることが伝わるよ。全部(ぜんぶ)黒(くろ)くすると、絵(え)が重(おも)たくなってしまうんだ。

石垣(いしがき)は、石(いし)ごとに色(いろ)を少(すこ)しずつ変える

石垣(いしがき)は灰色一色(はいいろいっしょく)ではなく、石(いし)ごとに灰色(はいいろ)・うす茶・うす緑(みどり)を混(ま)ぜてぬってみよう。となりあう石(いし)で色(いろ)を変えると、大(おお)きさのちがう石(いし)を積んだ感(かん)じが出(で)るよ。ぜんぶ同(おな)じ色(いろ)だと、ただの壁(かべ)に見えてしまうんだ。

破風(はふ)の中(なか)の飾(かざ)りを塗(ぬ)り分ける

屋根(やね)の三角(さんかく)の部分(ぶぶん)を破風(はふ)というよ。その真ん中(なか)にぶら下(した)がっている飾(かざ)りは懸魚(かけざかな)といって、木(き)でできているんだ。まわりの白(しろ)い壁(かべ)と分けて、うす茶色(ちゃいろ)にすると、細(こま)かいところまで見て塗った絵(え)になるよ。

名古屋城の豆知識(まめちしき)

しゃちほこはオスとメス

2体(からだ)の金(かね)のしゃちほこは、じつは北(きた)がオス、南(みなみ)がメスとされているんだ。よく見(み)ると大(おお)きさが少(すこ)しちがっていて、オスのほうが背(せ)が高(たか)いんだよ。塗(ぬ)り絵(え)で塗(ぬ)るときも、左右(さゆう)をまったく同(おな)じ大(おお)きさにしなくていいんだね。

石垣(いしがき)を積んだのは、あの加藤清正(かとうきよまさ)

天守台(てんしゅだい)の石垣(いしがき)を受(う)け持(も)ったのは、熊本城(くまもとじょう)を築いたことで知(し)られる加藤清正(かとうきよまさ)なんだ。名古屋城(なごやじょう)と熊本城(くまもとじょう)、日本三名城(にっぽんさんめいじょう)のうち2つに清正(きよまさ)が関(かか)わっていることになるね。

「尾張名古屋(おわりなごや)は城(しろ)でもつ」

伊勢音頭(いせおんど)という古(ふる)い歌(うた)に「伊勢(いせ)は津(つ)でもつ、津(つ)は伊勢(いせ)でもつ、尾張名古屋(おわりなごや)は城(しろ)でもつ」という一節(いっせつ)があるんだ。名古屋(なごや)の町(まち)はこのお城(しろ)のおかげで成(な)り立(た)っている、という意味(いみ)だよ。江戸時代(えどじだい)からそう歌(うた)われるほど有名(ゆうめい)だったんだね。

もう一度(いちど)、木(き)で建(た)て直す計画(けいかく)がある

今(いま)の天守(てんしゅ)は鉄筋(てっきん)コンクリートで建(た)てられているけれど、名古屋市(なごやし)には木造(もくぞう)で建(た)て直す計画(けいかく)があるんだ。江戸時代(えどじだい)とおなじ木(き)の天守(てんしゅ)にもどそうという、とても大(おお)きな計画(けいかく)なんだよ。そのため天守(てんしゅ)の中(なか)には、いま入(はい)ることができないんだ。