明治神宮の塗り絵

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明治神宮の特徴(とくちょう)

初詣(はつもうで)の参拝者(さんぱいしゃ)が日本一(にっぽんいち)の神社(じんじゃ)

明治神宮(めいじじんぐう)は、東京都渋谷区(とうきょうとしぶやく)にある神社(じんじゃ)だよ。原宿駅(はらじゅくえき)をおりると、すぐ目(め)の前(まえ)に深(ふか)い森(もり)が広(ひろ)がっているんだ。
まつられているのは、明治天皇(めいじてんのう)と、そのお妃(ひ)の昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう)。明治天皇(めいじてんのう)が亡(な)くなったあと、人々(ひとびと)の願(ねが)いで神社(じんじゃ)がつくられ、1920年(ねん)(大正(たいしょう)9年(ねん))11月(がつ)1日(か)にお祭(まつ)りがはじまったんだ。
お正月(しょうがつ)の初詣(はつもうで)では、毎年(まいとし)参拝者(さんぱいしゃ)の数(かず)が全国(ぜんこく)1位(い)になるよ。長(なが)い参道(さんどう)が、人(ひと)でうめつくされるんだ。

森(もり)は、全国(ぜんこく)から集(あつ)まった木(き)でできている

明治神宮(めいじじんぐう)のまわりの森(もり)は、広さがおよそ70万平方(へいほう)メートル。東京(とうきょう)ドーム15個分(こぶん)ほどもあるよ。
この森(もり)、じつは大(おお)むかしから生(は)えていたものではないんだ。神社(じんじゃ)をつくるとき、日本(にっぽん)じゅうからおよそ10万本の木(き)が届(とど)けられて、人(ひと)の手(て)で植(う)えられた人工(じんこう)の森(もり)なんだよ。
植(う)える作業(さぎょう)には、全国(ぜんこく)の青年団(せいねんだん)の若者(わかもの)たちが、ボランティアとして大(おお)ぜい集(あつ)まったんだ。それから100年(ねん)がたって、いまでは本物(ほんもの)の自然(しぜん)の森(もり)と見分(みわ)けがつかないほどに育(そだ)っているよ。

日本一(にっぽんいち)大(おお)きな木(き)の鳥居(とりい)

参道(さんどう)のとちゅうに立(た)つ大鳥居(おおとりい)は、この形(かたち)の木(き)の鳥居(とりい)としては日本(にっぽん)でいちばん大(おお)きいんだ。
高(たか)さは12メートル、はばは17メートルほど。柱(はしら)1本(ぽん)の太(ふと)さは、大人(おとな)が両手(りょうて)を広げてもかかえきれない1.2メートルもあるよ。
色(しょく)は塗(ぬ)られていなくて、ヒノキの木(き)はだがそのまま見(み)えているんだ。いちばん上(うえ)の横木(よこぎ)の下(した)には、金色(きんいろ)の菊(きく)の紋(もん)が3つならんでいるよ。

空襲(くうしゅう)をくぐりぬけた南神門(みなみしんもん)

大鳥居(おおとりい)をぬけて進(すす)むと、屋根(やね)がそり上(あ)がった二階(にかい)建(だ)ての門(もん)が見(み)えてくる。これが南神門(みなみしんもん)だよ。
1945年(ねん)の空襲(くうしゅう)で、本殿(ほんでん)や拝殿(はいでん)は焼(や)けてしまったんだ。でも、この南神門(みなみしんもん)は焼(や)けずに残(のこ)った。だから、1920年(ねん)にできたときの姿(すがた)をいまに伝(つた)える、とても大切(たいせつ)な建物(たてもの)なんだ。
2020年(ねん)には、国(くに)の重要文化財(じゅうようぶんかざい)になったよ。焼(や)けてしまった本殿(ほんでん)や拝殿(はいでん)は、1958年(ねん)に建(だ)て直(なお)されたんだ。

拝殿(はいでん)の前(まえ)の、2本(ぽん)の楠(くすのき)

南神門(みなみしんもん)をくぐると、広(ひろ)い石(いし)だたみの向(む)こうに外拝殿(そとはいでん)があるよ。お参りをするところだね。
その前(まえ)の左手(ひだりて)には、大(おお)きな楠(くすのき)が2本(ぽん)、よりそうように立っているよ。神社(じんじゃ)ができた1920年(ねん)に植(う)えられた木(き)で、夫婦楠(ふうふくすのき)とよばれているんだ。
2本(ぽん)の木(き)は、しめ縄でむすばれているよ。まつられている明治天皇(めいじてんのう)と昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう)がとても仲(なか)がよかったことから、縁結(えんむす)びや家族円満(かぞくえんまん)の木(き)として大切(たいせつ)にされているんだ。

明治神宮の色(いろ)を塗(ぬ)るコツ

大鳥居(おおとりい)は、白木(しろき)の色(しょく)で

大鳥居(おおとりい)は、ペンキを塗(ぬ)っていない白木(しろき)の鳥居(とりい)だよ。伏見稲荷(ふしみいなり)のような朱色(しゅいろ)にはしないでね。
うすい茶色(ちゃいろ)に、ほんの少(すこ)し灰色(はいいろ)をまぜると、雨(あめ)や日(か)にさらされた古(ふる)い木(き)の感(かん)じが出(で)るよ。
柱(はしら)は上(うえ)から下(した)へ、線(せん)を引(ひ)くように塗(ぬ)ってみて。木(き)の目(め)のすじが通(かよ)ったように見(み)えてくるんだ。
島木(しまき)にならぶ3つの菊(きく)の紋(もん)だけは、金色(きんいろ)か黄色(きいろ)にしよう。絵(え)の中(なか)で、ここだけがきらっと光(ひか)るよ。

森(もり)の緑(みどり)は、何種類(なんしゅるい)も使(つか)う

大鳥居(おおとりい)のうしろの森(もり)は、全国(ぜんこく)から集(あつ)まったいろいろな木(き)でできているよ。
だから、緑(みどり)を1色(しょく)でぬりつぶさないのがコツなんだ。黄緑(きみどり)、深(ふか)い緑(みどり)、青(あお)っぽい緑(みどり)を、かたまりごとに変(か)えてみてね。
手前(てまえ)の木(き)をあかるく、奥(おく)の木(き)をこく塗(ぬ)ると、参道(さんどう)がずっと奥(おく)まで続(つづ)いているように見(み)えるよ。
参道(さんどう)の地面(じめん)は、白(しろ)っぽい灰色(はいいろ)かうすいベージュにすると、森(もり)の緑(みどり)がひきたつんだ。

南神門(みなみしんもん)は、こげ茶と白(しろ)

南神門(みなみしんもん)の柱(はしら)やかべは、深(ふか)いこげ茶色(ちゃいろ)の木(き)でできているよ。
おもしろいのは、屋根(やね)の下(した)にならぶ組み木(き)の先(さき)。本物(ほんもの)は、先(さき)のところだけが白(しろ)くぬられているんだ。
こげ茶の中(なか)に白(しろ)い点(てん)がぽつぽつならぶように塗(ぬ)ると、ぐっと本物(ほんもの)らしくなるよ。
屋根(やね)は銅(どう)の板(いた)でふいてあるんだ。新(あたら)しいうちは茶色(ちゃいろ)で、年月(としつき)がたつと青(あお)っぽい緑(みどり)に変わっていくよ。どちらの色(しょく)にするか、自分(じぶん)で決(き)めてみてね。

夫婦楠(ふうふくすのき)のしめ縄を目立(めだ)たせる

外拝殿(そとはいでん)の絵(え)では、左(ひだり)の楠(くすのき)の根(ね)もとにあるしめ縄を探(さが)してみて。
しめ縄はわらの色(しょく)のうすい黄土色(おうどいろ)、下(さ)がっているジグザグの紙垂(かみすい)は白(しろ)いまま残そう。
楠(くすのき)の葉(は)は、1年(ねん)じゅう緑(みどり)の木(き)なんだ。葉(は)のかたまりの上(うえ)のほうを明(あか)るく、下(した)のほうを暗(くら)くすると、こんもりとした丸(まる)い形(かたち)が出(で)るよ。
手前(てまえ)の石(いし)だたみは、1枚(まい)ずつ灰色(はいいろ)の濃(こ)さを少(すこ)しずつ変(か)えると、広(ひろ)い広場(ひろば)の感(かん)じが出(で)るよ。

明治神宮の豆知識(まめちしき)

100年後(ねんご)を考(かんが)えてつくった森(もり)

森(もり)をつくったのは、本多静六(ほんだせいろく)たち、木(き)や森(もり)を研究(けんきゅう)する学者(がくしゃ)だったんだ。
学者(がくしゃ)たちは、最初(さいしょ)に成長(せいちょう)の早(はや)い針葉樹(しんようじゅ)もいっしょに植(う)えて、あとから樫(かし)や椎(しい)、楠(くすのき)のような広葉樹(こうようじゅ)が育つように考(かんが)えたよ。そしておよそ100年後(ねんご)に、人(ひと)が手(て)を入(い)れなくても続(つづ)いていく森(もり)になるように計画(けいかく)したんだ。
じつは、ときの総理大臣(そうりだいじん)だった大隈重信(おおくましげのぶ)は、伊勢神宮(いせじんぐう)のような杉(すぎ)の森(もり)にしたいと考(かんが)えていたよ。でも学者(がくしゃ)たちが直接(ちょくせつ)たずねて、古くから続く森(もり)を手本(てほん)にした計画(けいかく)だと説明(せつめい)し、納得(なっとく)してもらったんだって。

落(お)ち葉(は)は、森(もり)に返(かえ)す

明治神宮(めいじじんぐう)では、参道(さんどう)をはいて集めた落(お)ち葉(は)を、ごみとして捨(す)てないんだ。
集めた落(お)ち葉(は)は、森(もり)の中(なか)にもどすよ。落(お)ち葉(は)は土(つち)になって、また木(き)を育てる栄養(えいよう)になるんだ。
それ以外(いがい)は、なるべく人(ひと)の手(て)を加(くわ)えず、森(もり)が自分(じぶん)の力(ちから)で変わっていくのにまかせているよ。100年前(ねんまえ)の計画(けいかく)どおり、森(もり)はいまも育ち続けているんだ。

大鳥居(おおとりい)の木(き)は、台湾(たいわん)の山(やま)から

最初(さいしょ)の大鳥居(おおとりい)は、1920年(ねん)に台湾(たいわん)の阿里山(ありさん)のヒノキでつくられたんだ。ところが1966年(ねん)、かみなりが落(お)ちて、こわれてしまったよ。
同(おな)じくらい大(おお)きなヒノキは、日本(にっぽん)の中(なか)では見つからなかった。そこで東京(とうきょう)の材木屋(ざいもくや)さんが何度(なんど)も台湾(たいわん)へ通い、とうとう丹大山(たんだいさん)という山(やま)で、樹齢(じゅれい)1500年(ねん)をこえるヒノキを見つけたんだ。
この木(き)を切(き)り出(だ)して運(はこ)び、いまの大鳥居(おおとりい)ができたのは1975年(ねん)12月(がつ)23日(か)。柱(はしら)の1本(ぽん)1本(ぽん)が、1500年(ねん)も生(い)きてきた木(き)なんだね。