東大寺の大仏殿の塗り絵

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東大寺の大仏殿の特徴(とくちょう)

奈良(なら)の大仏(だいぶつ)がいるお堂(どう)

東大寺(とうだいじ)は奈良県奈良市(ならけんならし)にあるお寺(てら)だよ。いちばん有名(ゆうめい)な建物(たてもの)が、大仏(だいぶつ)さまをおさめている大仏殿(だいぶつでん)なんだ。
大(おお)きさは、正面(しょうめん)の幅(はば)が57メートル、奥行(おくゆ)きが50.5メートル、高(たか)さが46.8メートル。ビルの15階(かい)くらいの高(たか)さがあるんだ。木(き)でできた古(ふる)い建物(たてもの)としては、世界(せかい)でも最大級(さいだいきゅう)だよ。

むかしはもっと大(おお)きかった

おどろくことに、今(いま)の大仏殿(だいぶつでん)はむかしより小(ちい)さいんだ。
最初(さいしょ)に建(た)てられたときの幅(はば)は、今(いま)のおよそ1.5倍(ばい)あったと言(い)われているよ。柱(はしら)と柱(はしら)の間(あいだ)の数(かず)でいうと、むかしは11、今(いま)は7。何度(なんど)も火事(かじ)で焼(や)けて、建(た)て直(なお)すたびに小(ちい)さくなっていったんだ。それでもこの大(おお)きさなんだから、はじめの大仏殿(だいぶつでん)がどれだけ巨大(きょだい)だったか想像(そうぞう)できるね。

屋根(やね)の上(うえ)の2本(ぽん)の角(かど)

屋根(やね)のてっぺんの両(りょう)はしを見(み)てみよう。角(かど)のように立(た)ち上(あ)がった金色(きんいろ)の飾(かざ)りが2つついているね。これは鴟尾(しび)というかざりだよ。
魚(さかな)のしっぽの形(かたち)がもとになっていて、火事(かじ)から建物(たてもの)を守(まも)るおまじないとして置(お)かれているんだ。しゃちほこと同(おな)じ役目(やくめ)だけれど、形(かたち)はずいぶんちがうよ。

正面(しょうめん)の丸(まる)い窓(まど)

建物(たてもの)の正面(しょうめん)のまん中(なか)に、屋根(やね)が曲線(きょくせん)を描(えが)いて張(は)り出(だ)しているところがあるね。その下(した)の大(おお)きな開(ひら)き窓(まど)を観相窓(かんそうまど)というんだ。
ここが開くと、外(そと)から大仏(だいぶつ)さまのお顔(かお)を見(み)ることができるんだよ。お正月(しょうがつ)とお盆(ぼん)の年(ねん)に2回(かい)だけ開かれるんだ。「外(そと)から拝(おが)めるようにする」という考(かんが)えで作(つく)られた、めずらしい仕組(しく)みだね。

聖武天皇(しょうむてんのう)の願(ねが)い

大仏(だいぶつ)をつくろうと決(き)めたのは聖武天皇(しょうむてんのう)。743年(ねん)のことだよ。当時(とうじ)は病気(びょうき)が流行(りゅうこう)し、地震(じしん)も起(お)きて、人々(ひとびと)の暮(く)らしが苦(くる)しかった。その世の中(なか)を救(すく)いたいという願(ねが)いから、大仏(だいぶつ)づくりが始(はじ)まったんだ。
大仏(だいぶつ)の完成(かんせい)をお祝(いわ)いする式(しき)が行(おこな)われたのは752年(ねん)。高(たか)さ約(やく)14.7メートルの大仏(だいぶつ)さまは、それから1200年以上(ねんいじょう)ここにすわり続(つづ)けているよ。

今(いま)の建物(たてもの)は江戸時代(えどじだい)

今立っている大仏殿(だいぶつでん)は、1709年(ねん)に建(た)て直されたものだよ。江戸時代(えどじだい)のことなんだ。それでも300年以上前(ねんいじょうまえ)の建物(たてもの)ということになるね。
大仏殿(だいぶつでん)は国宝(こくほう)で、1998年(ねん)には世界文化遺産(せかいぶんかいさん)にも登録(とうろく)されたよ。

東大寺の大仏殿の色(いろ)を塗(ぬ)るコツ

屋根(やね)と柱(はしら)で色(しょく)を分(わ)ける

大仏殿(だいぶつでん)は屋根(やね)と柱(はしら)で色(しょく)をはっきり分(わ)けると、ぐっとそれらしくなるよ。
屋根(やね)は瓦(かわら)なので青(あお)みがかったグレー。柱(はしら)や壁(かべ)の木(き)の部分(ぶぶん)は赤(あか)みのある茶色(ちゃいろ)。この2色(しょく)の対比(たいひ)が、この建物(たてもの)のいちばんの見(み)どころなんだ。屋根(やね)を茶色(ちゃいろ)にしてしまうと、全体(ぜんたい)がぼんやりしてしまうよ。

組み木(き)は1段(だん)ずつ濃(こ)さを変(か)える

屋根(やね)の下(した)に、四角(しかく)い木(き)が何段(なんだん)も積(つ)み重(かさ)なっているのが見(み)えるかな。これは組み木(き)といって、重(おも)い屋根(やね)を支(ささ)えているんだ。
ここは同(おな)じ形(かたち)のくり返(かえ)しなので、全部(ぜんぶ)同(おな)じ色(しょく)にすると平(ひら)べったく見(み)えてしまうよ。上(うえ)の段(だん)を明(あか)るく、下(した)の段(だん)を濃(こ)くすると、奥行(おくゆ)きが出(で)るんだ。すきまの部分(ぶぶん)をこげ茶にするのも効(き)くよ。

鴟尾(しび)は金色(きんいろ)にする

屋根(やね)の両(りょう)はしの角(かど)のような飾(かざ)りは金色(きんいろ)だよ。黄土色(おうどいろ)をぬってから、片(かた)がわだけに茶色(ちゃいろ)を重(かさ)ねよう。
ここは絵(え)の中(なか)でいちばん高(たか)い場所(ばしょ)にあるので、金色(きんいろ)にすると目線(めせん)が上(うえ)に集(あつ)まるんだ。屋根(やね)のグレーとのちがいをはっきりつけてね。

屋根(やね)のカーブに沿(そ)ってぬる

大仏殿(だいぶつでん)の屋根(やね)は大(おお)きくゆるやかに反(そ)っているね。ぬるときはそのカーブに沿(そ)って色(しょく)えんぴつを動(うご)かそう。
まっすぐ横(よこ)に動かすと、平(たい)らな屋根(やね)に見(み)えてしまうんだ。屋根(やね)の上(うえ)のほうを明(あか)るく、のき先(さき)に近(ちか)いところを濃(こ)くすると、反り返(かえ)った形(かたち)がはっきり出(で)るよ。

参道(さんどう)と灯籠(とうろう)

背景(はいけい)つきの絵(え)には、まっすぐな参道(さんどう)と灯籠(とうろう)があるね。参道(さんどう)の石(いし)は1枚(まい)ずつ色(しょく)を少(すこ)し変(か)えると、のっぺりしないよ。
灯籠(とうろう)は青銅(せいどう)でできているので、緑(みどり)がかったグレーにすると本物(ほんもの)らしくなるんだ。屋根(やね)と同(おな)じ色(しょく)にせず、少(すこ)し緑(みどり)を強(つよ)くしてみよう。

東大寺の大仏殿の豆知識(まめちしき)

年(ねん)に2回(かい)だけ開く窓(まど)

大仏殿(だいぶつでん)の正面(しょうめん)のまん中(なか)にある大(おお)きな窓(まど)を観相窓(かんそうまど)というよ。ふだんは閉(し)まっているけれど、お正月(しょうがつ)とお盆(ぼん)の年(ねん)に2回(かい)だけ開かれるんだ。
窓(まど)が開くと、外(そと)に立ったまま大仏(だいぶつ)さまのお顔(かお)を見上げることができるんだ。中(なか)に入(はい)らなくても拝(おが)めるようにという考(かんが)えで作(つく)られた仕組(しく)みなんだ。夜(よる)にはお堂(どう)の中(なか)に明(あ)かりがともって、お顔(かお)がうかび上(うえ)がるよ。

柱(はしら)の穴(あな)をくぐる

大仏殿(だいぶつでん)の中(なか)に入ると、太(ふと)い柱(はしら)の1本(ぽん)に四角(しかく)い穴(あな)があいているのを見(み)つけられるよ。大(おお)きさは大仏(だいぶつ)さまの鼻(はな)の穴(あな)と同(おな)じだと言(い)われているんだ。
この穴(あな)をくぐりぬけると願(ねが)いがかなう、として人気(にんき)の場所(ばしょ)になっているよ。修学旅行(しゅうがくりょこう)で挑戦(ちょうせん)した人(ひと)も多(おお)いんじゃないかな。大人(おとな)には少(すこ)しきびしい大(おお)きさだよ。

建(た)て直(なお)すたびに小(ちい)さくなった

大仏殿(だいぶつでん)は、これまでに2度(ど)も焼(や)け落(お)ちているんだ。1180年(ねん)と1567年(ねん)、いずれも戦(いくさ)のときだったよ。
そのたびに人々(ひとびと)の力(ちから)で建(た)て直されたけれど、木材(もくざい)やお金(かね)を集めるのが大変(たいへん)で、そのたびに幅(はば)がせまくなっていった。今(いま)の大仏殿(だいぶつでん)は3代目(だいめ)で、最初(さいしょ)のものの3分(ぶん)の2ほどの幅(はば)なんだ。

南大門(なむでむん)の仁王像(におうぞう)

大仏殿(だいぶつでん)へ向(む)かう途中(とちゅう)に、大(おお)きな門(もん)があるよ。南大門(なむでむん)という国宝(こくほう)の門(もん)で、その左右(さゆう)に高(たか)さ8メートルをこえる金剛力士像(こんごうりきしぞう)が立っているんだ。
この像(ぞう)は1203年(ねん)に、運慶(うんけい)や快慶(かいけい)といった仏師(ぶっし)たちが力(ちから)を合(あ)わせて作(つく)ったもの。わずか69日(か)で完成(かんせい)させたと記録(きろく)に残(のこ)っているよ。