万里の長城の塗り絵

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万里の長城の特徴(とくちょう)

山(やま)の上(うえ)を走(はし)る長(なが)い壁(かべ)

万里(ばんり)の長城(ちょうじょう)は中国(ちゅうごく)にある、とてつもなく長(なが)い城壁(じょうへき)だよ。平(たい)らな土地(とち)ではなく、山(やま)の尾根(おね)の上(うえ)を通(とお)っているのが特徴(とくちょう)なんだ。
上(うえ)り下(した)りをくり返(かえ)しながら、山(やま)から山(やま)へと続(つづ)いていく。壁(かべ)の上(うえ)は歩(ある)けるようになっていて、急(きゅう)な階段(かいだん)が何段(なんだん)も続(つづ)いているよ。1987年(ねん)に世界文化遺産(せかいぶんかいさん)に登録(とうろく)されたんだ。

長さは2万キロメートル以上(いじょう)

2012年(ねん)に中国(ちゅうごく)で行(おこな)われた調査(ちょうさ)で、長城(ちょうじょう)の全長(ぜんちょう)は21,196キロメートルだと発表(はっぴょう)されたよ。それまで考(かんが)えられていた長さの2倍以上(ばいいじょう)だったんだ。
地球(ちきゅう)を1周(しゅう)すると約(やく)4万キロメートルだから、その半分以上(はんぶんいじょう)の長さになるね。もちろん1本(ぽん)につながっているわけではなく、あちこちに分(わ)かれた壁(かべ)を全部(ぜんぶ)足(た)した長さだよ。

作(つく)り始(はじ)めたのは2200年前(ねんまえ)

長城(ちょうじょう)を大(おお)きくつなげたのは、秦(はた)の始皇帝(しこうてい)だよ。紀元前(きげんぜん)214年(ねん)のことだから、今(いま)から2200年以上(ねんいじょう)も前(まえ)なんだ。
ただし、始皇帝(しこうてい)が全部(ぜんぶ)を作(つく)ったわけではないんだ。それより前(まえ)からあった壁(かべ)をつなぎ合(あ)わせ、そのあとの時代(じだい)の人(ひと)たちも作(つく)り足(た)していった。今(いま)わたしたちが見(み)ている壁(かべ)の大部分(だいぶぶん)は、明(みん)の時代(じだい)(14〜17世紀(せいき))に作られたものなんだよ。

壁(かべ)の上(うえ)は道(みち)になっている

明(みん)の時代(じだい)の長城(ちょうじょう)は、高(たか)さが平均(へいきん)で7.8メートル。底(そこ)の幅(はば)は6.5メートル、上(うえ)の幅(はば)は5.8メートルもあるんだ。
つまり壁(かべ)の上(うえ)が道(みち)になっていて、人(ひと)も馬(うま)も通れるということ。敵(てき)が攻(せ)めてきたとき、兵士(へいし)をすばやく移動(いどう)させるための道(みち)でもあったんだよ。

のろしで知(し)らせた

壁(かべ)には一定(いってい)の間隔(かんかく)で、四角(しかく)い塔(とう)が建(た)っているね。これは望楼(ぼうろう)といって、見張(みは)りをするための塔(とう)だよ。
敵(てき)を見(み)つけると、塔(とう)の上(うえ)で火(ひ)をたいて煙(けむり)を上(あ)げた。これがのろしだよ。次(つぎ)の塔(とう)がその煙(けむり)を見(み)て、また火(ひ)をたく。これをくり返すことで、遠(とお)くはなれた都(と)まですばやく知(し)らせを届(とど)けることができたんだ。電話(でんわ)も無線(むせん)もない時代(じだい)の通信手段(つうしんしゅだん)だったんだね。

宇宙(うちゅう)から見(み)えるって本当(ほんとう)?

「万里(ばんり)の長城(ちょうじょう)は宇宙(うちゅう)から肉眼(にくがん)で見(み)える」という話(はなし)を聞(き)いたことがあるかもしれないね。でも、これはまちがいなんだ。
2003年(ねん)に中国(ちゅうごく)で初(はじ)めて宇宙(うちゅう)へ行(い)った楊利偉(やんりぃうぇい)さんが「万里(ばんり)の長城(ちょうじょう)は見(み)えなかった」と証言(しょうげん)したよ。そのため、中国(ちゅうごく)の教科書(きょうかしょ)からもこの話(はなし)は削除(さくじょ)されたんだ。長さは2万キロあるけれど、幅(はば)はたったの数(かず)メートルだからね。

万里の長城の色(いろ)を塗(ぬ)るコツ

れんがは全部(ぜんぶ)ぬらない

長城(ちょうじょう)の壁(かべ)はれんがを積(つ)んで作られていて、細(こま)かい四角(しかく)がびっしり並(なら)んでいるね。ここを1つずつ全部(ぜんぶ)ぬると、いつまでも終(お)わらないんだ。
おすすめは、目地(めじ)の線(せん)を残(のこ)して、面(めん)をうすくぬるやり方(かた)。線(せん)と線(せん)のあいだをうすい茶色(ちゃいろ)でさっとぬり、いくつかのれんがだけ濃(こ)くすると、石(いし)を積(つ)んだ感(かん)じが出(で)るよ。

手前(てまえ)を濃(こ)く、奥(おく)をうすく

この絵(え)でいちばん大事(だいじ)なのが遠近(おちこち)だよ。手前(てまえ)の塔(とう)や壁(かべ)を濃(こ)く、遠(とお)くの山(やま)の上(うえ)に続く壁(かべ)をうすくぬろう。
遠(とお)くのものほど、色(しょく)を弱(よわ)く・線(せん)を細(ほそ)く見(み)せる。それだけで、長城(ちょうじょう)がはるか遠(とお)くまで続(つづ)いているように見(み)えるんだ。全部(ぜんぶ)を同(おな)じ濃さでぬると、平(ひら)べったい絵(え)になってしまうよ。

石(いし)の色(しょく)は1色(しょく)じゃない

れんがや石(いし)は、よく見(み)ると1つずつ色(しょく)がちがうんだ。長(なが)い年月(としつき)で日(ひ)に焼(や)けたり、こけがついたりしているからだよ。
うすい茶色(ちゃいろ)を基本(きほん)にして、いくつかを黄土色(おうどいろ)やグレーに変(か)えてみよう。全部(ぜんぶ)を同(おな)じ色(しょく)にしないのが、石(いし)をそれらしく見(み)せるコツなんだ。

山(やま)の緑(みどり)は2色以上(しょくいじょう)

まわりの山(やま)は木(き)におおわれているね。緑(みどり)1色(しょく)でぬると、のっぺりしてしまうよ。
手前(てまえ)の木(き)を濃(こ)い緑(みどり)、奥(おく)の山(やま)をうすい黄緑(きみどり)にしよう。岩(いわ)が見(み)えているところは灰色(はいいろ)がかった茶色(ちゃいろ)に。緑(みどり)と茶色(ちゃいろ)が混(ま)ざると、山(やま)らしくなるんだ。

空(そら)は白(しろ)いまま残(のこ)す

空(そら)をぬると、主役(しゅやく)の長城(ちょうじょう)が目立(めだ)たなくなってしまうよ。白(しろ)いまま残(のこ)すのがいちばんすっきりするよ。
色(しょく)をつけたいときは、うすい水色(みずいろ)を上(うえ)のほうだけにしよう。下(した)に行くほどうすくすると、山(やま)の高(たか)さが出(で)るんだ。

万里の長城の豆知識(まめちしき)

宇宙(うちゅう)からは見(み)えない

「万里(ばんり)の長城(ちょうじょう)は宇宙(うちゅう)から肉眼(にくがん)で見(み)える、地球(ちきゅう)でただひとつの建造物(けんぞうぶつ)」という話(はなし)は、長(なが)いあいだ広(ひろ)く信(しん)じられてきたんだ。
でも、これはまちがいだよ。2003年(ねん)に中国(ちゅうごく)で初(はじ)めて宇宙(うちゅう)へ行(い)った楊利偉(やんりぃうぇい)さんが「見(み)えなかった」とはっきり証言(しょうげん)したんだ。これを受(う)けて、中国(ちゅうごく)の教科書(きょうかしょ)からもこの話(はなし)は削除(さくじょ)されたよ。長さは2万キロあっても、幅(はば)は数(かず)メートルしかないからね。

1本(ぽん)の壁(かべ)ではない

「万里(ばんり)の長城(ちょうじょう)」と聞(き)くと、1本(ぽん)の長(なが)い壁(かべ)を想像(そうぞう)するよね。でも実際(じっさい)は、いろいろな時代(じだい)に、いろいろな場所(ばしょ)で作られた壁(かべ)の集(あつ)まりなんだ。
2012年(ねん)の調査(ちょうさ)で全長(ぜんちょう)21,196キロメートルという数字(すうじ)が出たのも、あちこちに残る壁(かべ)をすべて足(た)したから。途中(とちゅう)で切(き)れていたり、二重三重(にじゅうさんじゅう)になっていたりする場所(ばしょ)もあるんだよ。

材料(ざいりょう)は場所(ばしょ)によってちがう

写真(しゃしん)でよく見(み)る長城(ちょうじょう)は、れんがを積(つ)んだ立派(りっぱ)なものだね。でもこれは、都(と)に近(ちか)い場所(ばしょ)の話(はなし)なんだ。
西(にし)のほうの砂漠地帯(さばくちたい)では、れんがが手(て)に入(はい)らない。そこで土(つち)をつき固(かた)めたり、砂(すな)と植物(しょくぶつ)を交互(こうご)に重(かさ)ねたりして壁(かべ)を作(つく)ったんだ。その土地(とち)にあるものを使(つか)うという、当たり前(まえ)だけれど大事(だいじ)な工夫(くふう)だね。

のろしのリレー

望楼(ぼうろう)で火(ひ)をたいて煙(けむり)を上(あ)げる「のろし」は、次(つぎ)の塔(とう)へ、また次(つぎ)の塔(とう)へとリレーされたよ。
記録(きろく)によれば、煙(けむり)の数(かず)で敵(てき)の人数(にんずう)を伝(つた)えていたとも言(い)われているんだ。煙(けむり)1本(ぽん)なら少人数(しょうにんずう)、いくつも上(あ)げれば大軍(たいぐん)という具合(ぐあい)だね。何百(なんびゃく)キロもはなれた都(と)に、その日(ひ)のうちに知(し)らせが届いたことになるよ。